観光より先に、村をよくする|ワンパイ村の旅づくり
北タイ、メーアイ郡にあるタイ・ルー族の村、ワンパイ村。
ここを訪れると、村の人と同じ食卓を囲み、伝統の踊りや機織りに触れ、道を歩けば住民と言葉を交わします。それは、用意された観光地を眺めるだけの旅とは少し違います。
村の日常に入り、人や文化と出会い、お互いの考えを分かち合う時間です。

現在のような旅のかたちができるまでには、約20年の歩みがありました。
中心となって取り組んできたチャイさんは、その歴史を5つの段階に分けて語ります。

それは、観光客をどう増やすかという話だけではありません。
「どんな村でありたいのか」「文化をどう未来へ残すのか」を問い続けてきた歴史でもあります。
第1段階:農地の少ない村で、新しい仕事を探す
始まりは2005年ごろ。チャイさんが21、22歳のころでした。
当時、王室プロジェクトは地域の農業を支援し、農業による暮らしの向上を進めていました。しかし、ワンパイ村には使える農地があまりありません。
農業以外に、村で続けられる仕事をつくれないか。そう考えた先にあったのが、旅人を受け入れることでした。

もっとも、当時は村の誰も観光について詳しかったわけではありません。最初にできたのは、訪れた人に食事を出し、伝統の踊りを披露し、村の歴史を話すこと。
タイ・ルー族にはもともと客を温かく迎える文化があり、旅人の受け入れそのものに強く反対する人はいませんでした。
ただ、旅人が何を知りたいのか、どんな時間を望んでいるのかまでは、まだ十分に分かっていませんでした。
第2段階:「見せる」だけでは、文化は伝わらない
やがて旅行会社が人を連れてくるようになりました。
村は食事と踊りを用意し、旅人は写真を撮って帰っていきます。料金も外部の会社が決めることがあり、村の人と旅人がゆっくり話す機会は多くありませんでした。
チャイさんは、そこに違和感を持つようになります。
踊りを見て楽しんでもらうだけでは、それがどんな場面で踊られ、タイ・ルー族にとってなぜ大切なのかは伝わりません。
村が本当に知ってほしいのは、表面に見える演目だけではなく、その奥にある暮らしや価値観でした。

同時に、外から多くの人を迎えることは、外部の文化や習慣が村へ入ってくることでもあります。交流は大切ですが、受け入れ方を考えなければ、村の文化が弱まり、若い世代が自分たちの文化から離れてしまうかもしれません。
そこで目標は、「文化を見せる観光」から「文化を伝え、守りながら交流する観光」へと変わっていきました。
第3段階:観光の前に、村そのものを整える
30歳前後になったチャイさんは、さらに大きく考え方を変えます。
観光はいちばん大切なものではなく、村がよい状態になれば観光は後からついてくる——それが、この時期にたどり着いた考えでした。
チャイさんが考えた「よい村」には、三つの条件がありました。
①必要なものが満たされ、無理のない暮らしができること
②村が清潔で、きちんと整っていること
③住民同士が助け合い、村のために協力できること、です。
村はごみの管理や分別、植樹や森林保護などに取り組み、住民同士で学ぶ機会をつくりました。準備には4、5年ほどかかり、すぐに観光収入が生まれたわけではありません。

若かったチャイさんにとって、年長者の理解や協力を得ることも簡単ではありませんでした。それでも年齢を重ね、若者とも年長者とも話せる立場になると、少しずつ村全体をつなげられるようになりました。
目指したのは、チャイさん個人を信頼してもらうことではなく、住民が「自分たちの村ならできる」と信じられるようになることでした。

旅人が一軒の家だけを訪れて帰るのではなく、散歩中に交わす挨拶も、寺にいる犬との出会いも、誰かが差し入れてくれる料理も含め、村全体で迎える。そんな環境が、少しずつ育っていきました。
第4段階:CBTとの出会いと、「価値」を続ける仕組み
村の土台が整い始めたころ、王室プロジェクトとのつながりを通じて、CBT(Community Based Tourism/住民主体の観光)を学ぶ機会が訪れます。
チャイさんや村の仲間たちは研修に参加し、自分たちが試行錯誤してきたことを、持続可能な観光という視点から捉え直しました。
CBTでは、観光だけを切り離して考えません。人、自然、食、機織り、暮らし、環境保全——村にあるものすべてがつながっています。旅人は体験を通して知識や気づきを得る。

一方、住民は、外から関心を向けられることで、自分たちの文化や知恵の意味を再発見します。年長者が持つ知識も、誰かが学びたいと訪れて初めて、次の世代へ伝える理由が生まれます。
ここで大切になったのが、「心や文化にとっての価値」と「経済的な価値」を両立させることでした。文化を大切だと言うだけでは、担い手の暮らしを長く支えることはできません。

反対に、お金だけを目的にすれば、本来守りたかった意味が失われます。体験にふさわしい対価を受け取り、活動を続ける力にする。二つの価値がそろってこそ、村の観光は続いていきます。
第5段階:村と旅人の双方が幸せになれる出会いへ
受け入れの体制ができても、新たな課題がありました。ただ泊まり、酒を飲んで騒ぎ、村の暮らしに関心を持たずに帰る人もいたのです。それでは収入があっても、迎える側に喜びは残りません。
そこで現在の第5段階では、村の文化を本当に知りたい人、暮らしに敬意を払い、互いに考えを交換したい人に届く体験プログラムをつくっています。

村が言う「よい旅人」とは、特別な知識を持つ人や高額な旅行をする人ではありません。知らないことに好奇心を持ち、相手の話に耳を傾け、自分とは違う文化を尊重できる人です。
そうした人が来ると、村の人は旅人を単なる「お客さん」とは考えません。若い人なら子どもや弟妹のように、年長の人なら兄姉のように迎えます。
旅人にとっても、体験を買うだけではなく、村に新しい家族や友人ができるような時間になります。

コロナ禍では訪問客が途絶えましたが、2023年ごろから日本とのつながりなどをきっかけに、受け入れが少しずつ再開しました。近年は、楽しさだけでなく、新しいことを学びたいと考える旅人も増えています。
ワンパイ村には、文化体験を目的とする人に加え、ごみ管理や森林保護など、村づくりを学ぶために訪れる人もいます。
ワンパイ村を訪れる皆さんへ
村の旅は、到着してから始まるのではありません。この村がなぜ旅人を迎え、何を守ろうとしてきたのかを知ることも、旅の一部です。
訪れたら、ぜひ村の人に話しかけてみてください。料理を一緒につくり、機織りを教わり、踊りの意味を尋ね、森や集落を歩いてみてください。上手にできる必要も、詳しい知識もありません。大切なのは、村の時間を尊重し、知ろうとすることです。その姿勢が、受け継がれてきた知恵に新しい意味を与えます。

チャイさんは、住民主体の観光がよい変化をもたらすのは、ワンパイ村だけではないと考えています。ここで何かを感じた人が、自分の家族や友人に話し、帰った場所を少し大切にする。そんな小さな変化が周りの地域へ、そして社会へ広がっていくかもしれません。
観光のために村をつくるのではなく、村を大切にした先に旅人との出会いが生まれる。ワンパイ村の約20年は、その考えを一歩ずつ形にしてきた歴史です。そしてその物語は、訪れる一人ひとりとの出会いを通して、これからも続いていきます。
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※本記事は、2025年10月に行われたチャイさんへの聞き取りをもとに構成しています。
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