カレン族と米【第1回】米は神様からの預かりもの
カレン族と「米」をめぐる森・コミュニティ・精霊の物語(全3回)
タイ北部からミャンマー東部にかけての山岳地帯に暮らすカレン族にとって、お米とは何でしょうか?
私たちが思い浮かべる「食べ物」という答えだけでは、彼らのお米の役割・定義を満たすことはできません。
カレン族にとって米作りとは、大自然を支配する精霊たちと繋がる神聖な営みです。森との共生、血縁と地縁で結ばれたコミュニティ、そしてアニミズム(精霊信仰)そのものを体現する中心に、いつも一粒の米があります。

このシリーズでは、お米を通じて、彼らが受け継いできた知恵と現在の課題を紐解いていきます。
第1回となる今回は、彼らの世界観と、森とともに循環する農のしくみを見ていきます。
米は「神聖な営み」である
カレン族の信仰の根底には、人間も動植物も、川も森も、さらには農具に至るまで、あらゆるものに「クワン(魂)」が宿るという思想があります。
彼らの伝承によれば、人間には37の魂があるとされ、そのバランスが崩れたり魂が失われたりすると、病や不運に見舞われると信じられています。

同じように、主食である米にも「稲の魂(K'la Bu)」が宿っています。
人間が自然に対する倫理的な責任を果たさなければ、その魂は逃げ出してしまうと信じられてきました。
彼らの農耕とは、自然界を司る「水の主、土地の主」といった精霊から土地を一時的に借り受け、その許し得て成立します。

土地は所有するものではなく、借りるもの。この感覚こそが、これから語るすべての営みの出発点になっています。
森との共生 ―― 「焼畑」と呼ばれてきた持続可能な循環
カレン族の伝統的な農法は「ライムンウィアン(輪作・移動耕作)」と呼ばれます。
国や外部の機関からは、「焼畑」として森林破壊の元凶と非難され、単一栽培への転換を迫られてきました。

しかし、生態学的な調査が示す実態は、その評価とは正反対です。ライムンウィアンは、1年間の耕作のあとに7〜10年もの長期休耕をおき、森の植生を完全に回復させる持続可能な農法です。
その知恵は細部に宿っています。伐採の際、彼らは樹木の切り株を膝の高さに残します。根が死なず、火入れの後すぐに切り株から新芽が吹き出すため、急斜面でも土壌の浸食や地滑りが防がれます。火入れで生じる灰は、酸性の強い熱帯の土壌を中和し、作物に必要な栄養を一気に供給します。
輪作地は、陸稲だけを育てる場所ではありません。食用・薬用・繊維植物を混ぜて植えるポリカルチャーの庭です。

「農業をしている者は、竹の頂上でバランスをとっているようなものだ」というカレン族の諺の通り、彼らは天候と森の回復度、土壌の状態を慎重に見極めながら、自然との精妙な均衡の上に暮らしを成り立たせています。
森が育つ4つの段階
カレン族は、休耕地が森へと戻っていく過程を独自の言葉で精密に分類しています。それぞれの段階が、人と野生動物に異なる恵みを差し出します。
1〜2年(Hsgif bauf=若草)
若芽や草が茂って水牛などの家畜に良質な牧草を提供します。タロイモやヤムイモ、唐辛子が育ち、昆虫を食べる鳥や哺乳類が集まってきます。

3〜4年目(Doo yauv ploj=若木)
樹木が日陰をつくって下草が減り、竹やラタンが群生をはじめます。
約50種の樹木が回復し、タケノコや薬草、キノコが豊かに採れるようになります。
5〜6年目(Doo loov htauf=立木)
森の骨格ができあがり、果樹が実をつけて野生動物の食料庫となります。約75種の食用・薬用植物と30種の野鳥が暮らし、多様性が劇的に戻ってきます。
7〜10年目(Doo lax=成熟・利用可能)
土壌の栄養が完全に回復し、木々は建材や薪に使える大きさに育ちます。シカやイノシシの狩猟の場となり、ふたたび米作りのための準備が整います。
こうして循環は一巡し、また最初へと戻っていくのです。
「自然の暦」の変化
カレン族は何世代にもわたり、星の動き、特定の花の開花、鳥や昆虫の鳴き声といった指標からなる「自然の暦」に従って、種まきや火入れの時期を決めてきました。

しかし近年の気候変動は、この暦に影響を与えています。雨季の到来が遅れれば干ばつが陸稲の生育を妨げ、逆に収穫期である11月ごろの異常な長雨は、切り株の上で米を乾かす伝統的な手法を難しくし、カビの原因になります。
気温の上昇は未知の害虫の繁殖を後押しします。これに対し、コミュニティは干ばつに強い在来種の選別、小規模な灌漑ダムの建設、防火帯の整備など、伝統的な知識と現代の技術を組み合わせて適応を試みています。
それでも、自然のサイクルの急激な変化は、彼らの食料安全保障にとって最大の脅威であり続けています。
換金作物がもたらした「時間」の変質
ケシ(アヘン)栽培の撲滅政策や市場経済への統合を進める政策によって、カレン族の村にはコーヒー、キャベツ、トウモロコシといった換金作物が入り込んできました。
これは彼らの時間の使い方と、米作りの神聖さに根本的な変化をもたらしています。
伝統的な米作りは、自給自足と精霊への奉仕を目的とする営みでした。ところが換金作物の導入は、市場価格に左右される資本主義的な労働への移行を意味しました。
木陰を生かした日陰栽培のコーヒーのように、伝統的な森林管理となじむものもあります。ですが、収量を狙った露地栽培やトウモロコシの単一栽培は、化学肥料と農薬への依存を生み、森の多様性を壊していきます。(森の多様性を保って、コーヒーを育ている方もたくさんいます)
換金作物に労働力が取られることで輪作の休耕期間を短くせざるをえなくなり、結果として地力が落ち、収量が不足するという悪循環も報告されています。
現金収入は生活必需品や教育へのアクセスを向上させた一方で、共同体における労働の価値を「神聖な奉仕」から「経済的な対価」へと静かに変質させているのです。
次回(第2回)予告 ―― 分かち合う食と労働
米は食卓にどんな奥行きをもたらすのでしょうか。精霊との架け橋となる発酵酒、一粒も無駄にしない循環、そして金銭を介さない助け合いの労働と、種を守り継ぐ女性たち。次回は、米をめぐる「分かち合い」のかたちを見ていきます。
参考文献・出典
本記事の記述は、以下の学術調査・一次資料・現地報道などにもとづいています。裏づけの弱い情報源は除いて整理しています。
1. Prasert Trakansuphakon「Rotational Farming, Biodiversity and Food Security and Climate Change in Northern Thailand」(炭素収支476t/17,348t・236haおよび休耕段階別の生物多様性の出典).
2. The Wisdom of the Karen in Natural Resource Management ― ISAP.
3. Sustainability In Action: The Karen People's Farming System ― CodeBlue.
4. The Karen rotational farming system ― KESAN.
5. Assessment of the role of Karen's ecological knowledge to sustain biodiversity ― IGES.
6. Understanding "rotational farming" practices of the Karen communities, Thungyai Naresuan West Wildlife Sanctuary ― One Community Project.
7. Indigenous Karen community: Good Practices in Climate Change Adaptation and DRR ― AIPP / UNFCCC LCIPP.
8. 「ห่อวอ」นาฬิกาไร่หมุนเวียน ของ ปกาเกอะญอ(自然の暦/タイ語)― The Active, Thai PBS.
9. Brewing Change in Thailand: Sustainable Coffee Farming ― Heinrich Böll Foundation Southeast Asia.
10. From opium and conflict to ecotourism and cooperation ― RECOFTC. conflict-ecotourism-and-cooperation
11. Karen Mythology(K'la・稲の母 Thaw Thi Kho)― Mythosphere.
12. Forest sanctuaries and spiritual balance in the Karen highlands of Thailand ― Mongabay.
13. Karen ― Summary ― eHRAF World Cultures, Yale.
14. Negotiating Ethnic Representation between Self and Other: Karen and Eco-tourism in Thailand ― Kyoto Review / SEAS.


