チェンマイ旧市街に残る伝統工芸「クア・トーン」

チェンマイ旧市街の南西部にある、ワット・プアックテーム。観光客でにぎわう大通りから少し離れた場所にあり、一見すると静かな地域の寺院です。しかし、この寺院と周辺の集落には、チェンマイでも貴重な伝統文化が残されています。

その一つが「クア・トーン(คัวตอง)」と呼ばれる、ランナー地方の伝統的な金属工芸です。

クア・トーンとは?北タイに伝わる真鍮の透かし細工

クア・トーンは、真鍮や銅などの薄い金属板を叩いて形を整え、下絵に沿って細かな模様を切り抜いて作ります。

700年以上の歴史を持つクアトーン
700年以上の歴史を持つクアトーン

完成した作品には、花や植物、炎を思わせる曲線が連なり、硬い金属から作られたとは思えないほど、繊細で軽やかな印象があります。

「クア」は作られた物や道具、「トーン」は銅を意味します。つまりクア・トーンは、金属を用いて作られる装飾品や宗教用具の総称です。

クア・トーンの使い道は、大きく二つに分けられます。

寺院を彩る仏教美術としてのクア・トーン

一つ目は、仏教美術としてのクア・トーンです。

寺院の扉や壁、法輪、仏塔などを飾る金属装飾のほか、金色や銀色の花飾り、木や金属で作る「トゥン」と呼ばれる旗などが作られます。

仏塔の先端部分の飾りにもクワトーンが使われている
仏塔の先端部分の飾りにもクワトーンが使われている

なかでもワット・プアックテームを代表するのが、「チャット」と「サップトン」です。チャットは何層にも重なった儀礼用の傘や天蓋、サップトンは僧侶や宗教儀礼のために使われる大きな日傘です。

これらは、単なる飾りではありません。寺院建築を美しく見せると同時に、仏教の信仰や宇宙観、神聖さを目に見える形で表しています。

北タイの伝統舞踊を彩る装身具

もう一つは、人の身体を飾るためのクア・トーンです。

北タイの伝統舞踊「フォーン・レップ」で使われる長い爪や、頭につけるドークマーイワイ、かんざしなどが作られます。

dok mai wai
dok mai wai

フォーン・レップ用の爪は、細長い金属の筒を指先にはめるように作られています。踊り手がゆっくりと手首や指を動かすと、長い爪が曲線を描き、北タイ舞踊ならではの優雅な動きを際立たせます。

先端に赤い房をつけたものもあり、金属工芸と舞踊文化が深く結びついていることが分かります。

チェンマイの長い爪の踊りをする際に、指に真鍮製の長い付け爪をつける
チェンマイの長い爪の踊りをする際に、指に真鍮製の長い付け爪をつける

展示資料によると、この装身具分野の技術は100年以上にわたって受け継がれてきました。しかし、展示が制作された時点で、地域内に残る職人はソムチット・インタヤーさんとワンナー・ブンサーンさんの2人だけでした。

ソムジット・インタヤーさん
ソムジット・インタヤーさん

2人はドゥアンリット・インタヤー氏から技術を学び、それぞれ約20年から40年にわたり制作を続けてきたといいます。

多くの工程と経験から生まれる繊細な金属工芸

クア・トーンは、完成した作品だけを見ても、その技術の全体像はなかなか分かりません。

金属板に模様を描き、切り抜き、叩いて形を整え、部品を組み合わせるまでには、多くの工程があります。模様を均等に切り抜く正確さだけでなく、金属の硬さや厚さを見極める経験も必要です。

ワット・プアックテームでは、こうした技術を寺院の中で受け継いできました。歴代の住職から伝えられた仏教美術分野の技術は、現在の僧侶や職人グループへと継承され、寺院内で作品の制作が続けられていると紹介されています。

ワット・プアックテームに金属工芸が根づいた理由

そもそも、なぜこの地域に金属工芸が根づいたのでしょうか。

ワット・プアックテームの正確な成立時期は分かっていません。展示では、寺院の遺構などから、西暦1517年頃に建てられた可能性が示されています。1519年には、寺院としての結界を定める勅許を受けたとされています。

ワットプアクテーム内の博物館
ワットプアクテーム内の博物館

一方、文献上で寺院名を確認できるのは、1820年の貝葉文書です。チェンマイの城壁内外にある寺院の一覧に、ワット・プアックテームの名前が記録されていました。

18世紀末から19世紀初めのチェンマイでは、長く荒廃した町を再建するため、周辺地域から多くの人々が移住させられました。旧市街の中には、銀細工、鍛冶、絵付けなど、それぞれ特定の技術を持つ職人の共同体が形成されていきました。

ワット・プアックテームも、そうした職人共同体の一つだったと考えられています。

「プアックテーム」の名前に残る職人の歴史

寺院名に含まれる「プアック」は、集団の長に関係する昔の官位、「テーム」は模様や絵を描くことを意味するという説があります。金属に漆を塗り、金箔を施す装飾も「テーム」に含まれます。

そのため、この地域にはかつて、宮廷に関係する役人や、絵付け、金属装飾を担当する職人が住んでいた可能性があります。寺院の装飾や儀礼用具を作る技術は、地域の名前にも刻まれているのです。

太鼓と舞踊に受け継がれる地域の信仰

ワット・プアックテームには、金属工芸以外の文化も残っています。

その一つが「クローン・ジュム・チャイモンコン」と呼ばれる太鼓です。仏教行事の行列で、仏に音を捧げるために演奏されます。展示では、同様の太鼓が各地で失われるなか、ワット・プアックテームがチェンマイで唯一、演奏文化を継承している地域だと紹介されています。

また、かつて地域には優れた舞踊団がありました。「プアックテーム式」の舞踊は、風に揺れる稲穂のような動きを特徴としています。

女性たちは美しさを競うためだけでなく、仏教行事に自らの技を捧げ、地域の人々を結びつけるために踊りました。

地域の記憶を伝えるクア・トーン博物館

こうした地域の文化を保存するため、寺院の古い木造建築を改修し、「プアックテーム・クア・トーン博物館」として活用する計画も進められました。建物は、もともと寺院の台所として使われていた場所です。

博物館には、地域の歴史、作品の種類、制作工程、道具、模様、職人の記録などが集められています。実際の制作場所と展示を組み合わせることで、完成品を見るだけでは分からない、職人の知恵や工程を伝えようとしています。

クア・トーンが伝えるチェンマイの暮らしと文化

クア・トーンは、単に昔の金属製品を再現する技術ではありません。

寺院の信仰、北タイの舞踊、地域の歴史、そして職人同士のつながりを形にする文化です。金属板に刻まれた一つひとつの模様には、チェンマイの人々が何世代にもわたって受け継いできた記憶が込められています。

ワット・プアックテームを訪れる際は、完成した作品の華やかさだけでなく、その背後にある職人の手仕事と、地域が文化を守り続けてきた時間にも目を向けてみてください。

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チェンマイ旧市街・伝統工芸体験ツアー|真鍮工芸を職人とつくる

チェンマイ旧市街を歩き、マンラーイ王ゆかりの寺院を訪問。職人からランナー伝統の真鍮工芸を手作りする約3時間のツアーです